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『日本の物流問題』読書ノート

序章 2024年問題とは何か
この章は社会問題化した物流業界の労働問題について、さまざまな公的資料や各機関・研究者の分析からまとめられている。自分は公的資料の読み方・調べ方を知らなかったため、提示されているソースを検索してみたが「ある業界の構造がこうなっている、ということを言うためにはこういう風に数字を持ってくればいいのか~」ということを知ることができ勉強になった。序章については要約を行ったため以下に記載する。
ことの発端
物流業界では2024年より働き方改革関連法が施行される。これは他の業界と比べて施行に4年の猶予を与えられているが、一部の大手を除きほとんど対策がされておらず、改善がされていない。
2024年4月1日より自動車運転業務の年間時間外労働時間上限は960時間に制限される。従来は36協定で実質無制限だった残業に制約が掛かることになった。長距離ドライバーは時間外労働の報酬に依存しているため、離職者が増加すると考えられている。
2022年に「改善基準告示」が示され、2024年4月からトラックドライバーの拘束時間の上限が年間3300時間以内となった。年間拘束時間は運転時間や荷待ち時間以外の休憩・仮眠時間を含み、会社からの拘束時間すべてを指す。2022年の拘束時間の実態は厚生労働省がアンケート調査している。通常期22.9%、繁忙期だと33.7%が月あたり基準時間を上回る拘束をされていることが分かっている。
改善基準告示により、荷物の輸送力は12.7%減少すると試算されている。輸送トンベースだと3.2億トンの不足が発生するとされている(大島弘明『「物流の2024年問題」の影響について』)。
加えて残業時間の上限についても、いずれ一般企業と同等の720時間に切り下げられると見られている。さらに、2023年4月の法施行により、月60時間超の時間外労働が発生した場合は時間外賃金の割増率が50%に引き上げられている。しかし業界の動きは鈍く、全日本トラック協会調査によると2022年時点で70.8%が割増賃金率の適用に至っていない。
問題の根源
規制緩和の発端は1990年12月施行の物流二法にある。貨物事業者運送事業法と貨物運送取扱事業法により、運送事業は免許制から許可制に、運賃は認可制から事前届出制に変更された。
物流二法により運送事業者は増加した。さらに2003年法改正により営業区域規制や運賃事前届出の撤廃がなされ、新規参入者ラッシュが起きた。結果として事業者間の競争が激化し、ダンピングや非価格競争が生まれ、そのしわ寄せとしてトラックドライバーの低賃金や過大な時間外労働をもたらした経緯がある。
過酷なブラック環境
問題点を箇条書きで列挙する。
- 長時間労働
- トラックドライバーの年間労働時間は中小型トラック2484時間、大型トラックで2544時間。全産業平均2112時間と比較してもきわめて長い
- 結果として労災件数は2022年時点で1万6580人にのぼっている
- 前年比+1.4%、2012年比+19.8%
- 建設業が前年比 -2.6%、2012年比 -14.8%と対照的
- 荷役業務
- ドライバーは事前に依頼にはない付帯業務を要求されることがしばしばある。そのひとつが荷役である
- 手荷役(チャブリ)とパレットがあるが、チャブリはドライバーから嫌われる
- 荷主から依頼にない業務を要求するのは法令違反だが、慢性的な買い手市場でありまかり通っているのが現状
- 付帯業務は労災の大きな割合を占めていると考えられる(陸上貨物運送業の死傷事故のうち、「墜落・転落」25.9%、「動作の反動・無理な動作」17.7%)
- 時間厳守
- 「クルマだと時間が読めない」はドライバーの弁だが、1分の遅延も許さない荷主もいるらしい
- 理由によらず「遅延した」の一点のみで運賃の減額を要求するケースも(国土交通省「トラックドライバーの労働時間のルールを」)
- 非合理な到着時間を設定される場合も。発荷主の準備ができておらず、出発が2時間遅れても着荷主への到着は時間厳守を要求されるケース
- 長い荷待ち時間
- 国土交通省が荷主に改善要請を働きかける事案としてもっとも多い
- 貨物自動車運送事業法改正法附則1条の2に基づく
- 要請事案全体のうち43.1%を占めている
- 平均荷待ち時間は1時間34分
- とくにスーパーの特売が行われる際は緊急の配送が必要となり、荷待ち時間が長くなる傾向
- 国土交通省が荷主に改善要請を働きかける事案としてもっとも多い
- ダンピング体質と低賃金
- 白ナンバーと緑ナンバー
- 白ナンバーは自家用車で自社の荷物のみを輸送し、外注を受けて他社の荷物は運べない
- 貨物自動車輸送事業法第70条1項(1~3年の懲役または300万円以下の罰金)
- 緑ナンバーは貨物自動車運送事業の許可を得ている
- 白ナンバーは自家用車で自社の荷物のみを輸送し、外注を受けて他社の荷物は運べない
- 実態は白ナンバーのトラックが773万両、緑ナンバーが149万両
- メーカーや農業者の自家用トラックが多い
- また、卸売流通が発達している
- 他社の荷物を購入して自社トラックで輸送している
- 緑ナンバーは取得ハードルが高い
- トラック5台以上、適切な立地、潤沢な資金、資格証を有する運行管理者
- 点検整備も8トン以下で白ナンバーは6ヵ月に1回だが、緑ナンバーは3ヵ月に1回必要
- ダンピング体質
- 全産業の平均年収は489万円、トラックドライバーは大型463万円、中・小型で431万円(2021年)
- 基本給が異常に低いことが多い
- モデルケース:基本給8万総支給35万として、27万円が手当
- 27万の内訳
- 住宅手当、家族手当、通勤手当が8万円
- 19万円が歩合給
- 残業が前提となっており、ボーナスを出す会社は少ない
- 白ナンバーと緑ナンバー
ECの急成長とトラック運送
1985年時点では宅配の取り扱い数は約4億9300万個、2022年では約50億600万個まで増加している。これはアマゾンや楽天などによるEC市場の急成長が起因となっている。
対して国内貨物輸送量はトン数ベースで年間約38億トン、トンキロベースで約2268億8554万トンにのぼっている。1 2000年にはトン数ベースで見ると約57億トン、トンキロベースでは約3131億1824万トンであり、ここ20年余りでそれぞれ33.7%、27.5%減少している。
この逆説的な変化は積載率をみると理解できる。輸送トンキロ数を「能力トンキロ数」という潜在積載量で割ると、2000年43.7%、2022年36.5%と減少している。輸送効率はこの20年で低下しており、日本を走るトラックは約60%「空気」を輸送している。
輸送効率を阻害する重要な要因の一つに「再配達」が挙げられる。日本の物流業界における再配達率は約11.4%である。2 これは直近4年で減少傾向にあるが、低い水準ではないため負担となっている。
表面化している諸問題、今後の影響
厚生労働省の「令和3年雇用動向調査結果の概況」によると、物流業界(「運輸業、郵便業」)への入職者は約36万1000人となっているが、これは前年から約9万7800人減少しており、16産業区分のうちで減少幅が最大となっている。
24年4月の働き方改革関連法の施行に伴い残業をしにくくなり、低賃金かつ稼ぎづらい業界と認識され入職者が減少していると見られている。さらに根本的な問題として、「運転」を仕事にしようとする若者が今後増えないと考えられる。運転免許保有者数は漸減しており、2018年‐2022年比で約47万4000人減少している(総数は2022年で8184万人)。年齢を29歳以下に絞ると2022年末時点で前年同月比7万9133人減少している。3
若者の減少と表裏一体の問題として、高齢化の進行も挙げられる。ドライバーの平均年齢は47歳であり全産業平均より4歳高く、10歳刻みの年齢構成比では50歳代がもっとも多い(29.8%)。4 独立行政法人の高齢・障害・求職者支援機構は助成制度によりドライバー雇用を推進している。50歳以上かつ定年未満のドライバーを雇用すると1人あたり48万円が事業主に支給される(最大10人)。現実にはドライバーが高齢化すると死傷災害の率が上昇しており、事業者には認知機能の低下を考慮した高齢ドライバーの運用が求められている。
経営逼迫化する物流関連企業
入職者が少ないことから、事業者の65.4%がドライバー不足を意識しており(2023年1-3月期時点)、今後の見通しレベルでは72.7%がドライバー不足を予想している。5 また、2023年5月のシミュレーション分析では、2025年には営業用トラックドライバーの需要153万2527人に対して供給101万2147人という予測が出ている。6
自動車運転者の有効求人倍率は2.48(2023年3月)であり、全職業平均1.22の2倍以上となっている。1年求人しても誰も来ない会社が少なくないという。
ドライバー不足が深刻化すると、物流企業は減量経営ないし賃上げに踏み切ることとなる。宅配業界最大手のヤマトホールディングスは「クロネコDM」を2024年1月に、「ネコポス」を2024年末までに終了するとしている(2023年6月)。結果として約3万人の個人事業主との契約が解除されることとなった。また、トヨタ自動車は物流代金の値上げ方針を発表している(2023年7月)。
また物価高も物流企業の経営を圧迫している。ロシア・ウクライナ戦争およびOPECプラスの減産を契機としてエネルギー価格が高騰している。
2023年上半期の「運輸・通信業」の倒産件数は211件であり、前年同期比34.4%増となっている。
利用者への影響
利便性の低下はすでに兆候が現れている。ヤマト運輸は首都圏・関西圏など翌日着配送としていたエリアを翌々日配送に変更した(2023年6月1日)。宅配便の料金引き上げは2023年4月から行われている。ヤマト運輸は80サイズの荷物の関東‐関西間の配送料を1260円から1350円へ引き上げた。佐川急便も同様の値上げを行っている。大きさ・重量により値上げ幅は異なるものの、それぞれ平均10%と8%の値上げを行っている。
国も物流運賃の高騰を予見しており、それを是認する体制を取っている。標準化運賃の見直しを図り、7 国土交通省は標準運賃や荷主企業を監視するため、162人の「トラックGメン」を設置した。
著者は10%程度の運賃上昇は起こりうると延べ、また「配送料無料」もいずれ姿を消すと述べている。
第一章 ロジスティクスの発展をたどる──産業と物流の相関史
この章では自動車輸送業に限らず、高度経済成長以後から現在に至るロジスティクスと産業の歴史を概観している。
よく知られている現代日本経済史が半分ほどを占めるため感想はあまりない…。物流関連のキーワードを粗々で拾うと以下の通り。
- 経済成長以後の社会インフラ整備
- 名神高速(1963年)、中央高速(1967年)、東名高速(1969年)の開通
- 海運業
- 臨海工業地帯の造成による大型貨物船乗り入れ
- マルコム・マクレーンの海上コンテナの発明(標準化)
- ガントリークレーンおよびスプレッダーの開発、パレチゼーションによる荷役の効率化
- 産業分散に伴う卸流通の発展
- 花王ファミリークラブ
- 販社制度導入にともなう販売倉庫の効率化
- マテハン企業ダイフクによる立体自動倉庫(1966年)
- 環境問題の顕在化と流通センターの郊外移転
- 花王ファミリークラブ
- ハードからソフトへ
- オイルショックに伴う物流業界の付加価値志向への転換
- 小口多頻度配送物流への移行
- 「宅急便」の誕生
- ジャストインタイム物流
- かんばんとPOSシステム
- グローバル化と規制緩和
- NACCS(1977年設立)による総合物流情報プラットフォームの提供
- バブル崩壊後の規制緩和(運送業免許制の緩和・自由化)
- 規制緩和による環境悪化と環境規制
- 「ロジスティクス」という言葉の蔓延
- 地球社会と調和の時代
- カーボンニュートラル(SDGs)
- AI活用
- 物流機器センサ、車載カメラによるドライバー異常検知、自動運転
- BCP(災害対策)
第二章 変貌する流通の現在
論点は多岐にわたるが、最近のニュースを見ていればどれも一応見聞きした話題なので知識補完程度に読みさらっと流した。
話題としては、AIによる改善(配送ルート最適化、在庫管理業務、予知保全)、トラッキングシステム(荷物追跡)、顧客体験価値の重点化(EC企業等のリードタイム改善取り組みやアフターフォローなど)、物流センターの三分類・うちトランスファーセンターの重要性について、実店舗と仮想店舗のオムニチャネル化、再配達抑制の取り組みとサービスとしての返品、ラストワンマイルとドローン配達、ギグワーカーの台頭など。AIについては無定義用語のような扱いになっており、少し気になった。
第三章 ロボット化は救世主となるか──仕分けロボや自動運転配達の現在地
まず、冒頭で改めて「物流業者」の定義を整理しており、物流業者の社会的位置づけが頭の中でクリアに理解できた(気がした)。
生産者による「少品種大量生産」と最終消費者の「多品種少量購買」という数量面の需給ギャップが存在する。
このギャップを埋めてくれるのが流通業者であり、そのうちでも主に物的な調整作業を行い、モノの移転に携わるのが物流業者である。
本章は掲題通りロボット導入について語っている。気になったのは、ロボット導入による成果が「荷詰めがn倍速くなった」「生産性がx%向上した」「人員削減1/nに成功した」などの一面的な指標で述べられていた点である。自分が知りたかったのは現実としてどの程度の費用対効果がありそうか(初期投資費用の回収見込み・ランニングコストや持続可能性(環境負荷)はどの程度か)だった。そうした最終到達点的な観点では試算や比較分析はなく、素人目に読んでいてどう評価すればいいのか分からなかった。
「ECのラストワンマイル配送が物流の主戦場となったことにより、物流センターが都市部に回帰する流れがある」という動向の指摘についてはなるほどと思った。
三章2節は自動運転とラストワンマイル向けの配送ロボの話である。自動運転の話題では、LiDAR,ADAS,V2VなどIPA資格の過去問を眺めていると見たことのある用語が並んでおり、テキストで習った技術は実際使われているんだなぁ、というフワッとした感想を抱いた。
配送ロボの話は「大学で実証実験されている」とか、「これこれのロボは段差をものともせず乗り越えられる」といったニュース記事を鵜呑みにしているかのような売り文句が多く、調べると出版時点でもすでに古い情報があった(例として、FedEx SameDay botを紹介しているが、検索するとティザーサイトは消失しており、2022年にはシャットダウンされた旨のニュース記事が出てくる(RoxoとSameDay botは同じらしい))。移り変わりの激しいスタートアップ事業領域に当たるため、情報の鮮度が保ちづらいのは承知しているが、一部の紹介している内容がガジェットニュース的なものと差別化できていないように見えた。
本章のスタンスは「ロボット化の動向を明らかにする」というものだが、現実には発展途上の技術でありたとえば「どの技術が有望か」「有望な技術に求められる要素は何か」のような疑問に対して答えてはおらず、単にいろいろな動向を紹介するだけにとどまっているように見えた。
第四章 災害と物流──大震災の教訓、コロナ禍・露ウ戦争下の流通
掲題についてそれぞれ論じている。有益な内容だが、本記事では略。
終章 新時代の潮流
物流問題の解決という観点ではデジタル化、標準化、共同化から事例を提示し締めとしている。
ライバル企業間の垣根を超える「共同化」には上記の通り、「標準化」が不可欠になる。
この一文を読むと、2024年6月にデータ標準化の方針提示を放棄し、各事業者による柔軟な対応を求めることを決定したデジタル庁のことがどうしても思い出される。標準化は共同化の大前提であることは肝に命じたい。